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嗚呼、我青春の昭和プロレス

日本プロレスの人気を背景に、ゲームセンターでもちらほらとプロレスゲームが・・・。ビッグプロレスで衝撃を受け、アッポーにはまり、エキサイティングアワーではハメ技発見で何時間も遊んでたっけ・・・。そして、ファイプロ登場!PCエンジン持っててよかった。バイト代はたいて買ったもんな。

本サイトは裏事情には一切触れず、純粋に昭和プロレスを楽しむ人のためのサイトです。

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 アーケードゲーム


ザ・ビッグ・プロレスリング
1983年12月稼働 テクノスジャパン開発/データーイースト販売
ボタンを押す回数によって、技が変化。プロレスゲームを渇望していた私は、バイト代を握りしめて遊びまくりました。当時としては画期的なシステムだと思ったけど、正直、選手層が薄かった(笑)。
アッポー
1984年6月 サンリツ開発/セガ・エンタープライゼス販売
ハマったゲームです。登場レスラーも誰がモチーフなのかがわかりやすく、ビッグプロレスより感情移入しやすくなってましたね。動きもコミカルでユニーク。キャラデザインも魅力的でした。けど、私にはとても難しく、何度アンドレキャラに泣かされたことか。
いつかはセガから家庭用ゲームとして発売されると思っていたが、その夢も叶うことはなく、残念。
PlayStation
4のゲームアーカイブス化を熱望するゲームの一つ。
ザ・プロレスリング・ネットワーク エキサイティング・アワー
1985年9月稼働 テクノスジャパン開発/タイトー販売
アッポーの次世代プロレスゲーム。美麗なグラフィック、動きまで繊細で超進化。この動きで、ファイプロで出来ないかな・・・。私のフェイバリットは決まっていて、一度、ショルダースルーのように体勢を沈めてからのラリアットでした。当時私はこれを阿修羅原のヒットマンラリアットと呼んでいました。石川の相撲ラリアットだとも言えるけど…。ラリアット後はレバーをロープ側に入れて、長州のようにラリアット後、ロープにもたれかかるさまを再現してたっけ。まさに滑らかな動きならではでしたね。このゲーム、確か2回攻撃を与えた後、3回目は必ず相手の攻撃がかかるようになります。ですから2回攻撃した後は、相手に走り込むなどして両者をダウンさせます。これで相手の攻撃を受けたことになるようで、これを永遠に続けていくと永遠に攻撃が継続できるので、続けて遊ぶことができるのです。これが私が発見したハメ技です。
現在、PlayStation4のアーケードアーカイブスで購入することができます。昔のように夢中になることはなかったけど感慨深かったです。



 家庭用ゲームソフト


キン肉マン マッスルタッグマッチ
1985年11月 ファミリーコンピュータ バンダイ
正式にはプロレスゲームと言えないけど、プロレスゲームに飢えてたため無理やりプロレスゲームと自己解決して遊んでたプロレス風ゲーム。
プロレス
1986年10月 ファミリーコンピュータ ディスクシステム 任天堂
ディスクシステム用ソフトとして登場。購入時はよくやりました。日本レスラーの延髄斬りのハメ技あり。ラスボス?プーマも組むことなく撃沈することができた。
タッグチームプロレスリング
1986年4月 ファミリーコンピュータ ナムコ
すでにお馴染みアーケードの「ザ・ビッグ・プロレスリング」のファミコン版。システムはアーケード版とほぼ同じ。でもいくらファミコンだと言ってもグラフィックやアクションはもう少し頑張ってほしかった。面白かったけどね。
ファイヤープロレスリング コンビネーションタッグ
1989年6月 PCエンジン ヒューマン
プロレスゲーム界の革命ソフト。伝説の始まり。発売のニュースをファミ通で見て、いろいろと登場レスラーを想像したり、対戦カードを思い描いてました。が、思ったよりレスラーも多くなく(16名+隠し2名)、それなのに何故、パイレーツなの?若かりし日の武藤を海外で襲撃した・・・しかも同キャラ2人だし…など、選手のチョイスに首をかしげたものです。まぁそれでも当時は画期的なソフトであったことに変わりなく、隠しボタンによるウォッチモードで試合を観戦し、マッチメイクや、架空ベルトを設定して、ノートに新聞風にイラストと記事を書いていました。懐かし~。

備考
「1P対2P」でレスラーを選択。Ⅱ+↑を押しながらⅠ。
ファイヤープロレスリング2 セカンドバウト
1991年8月 PCエンジン ヒューマン
前作での不満点を解消した作品。選手数は前回と同じだが、チョイスが最高だった。タッグパートナーも自由に組めるため、試合の幅も大幅にアップした。タイガーマスク(マスクドパンサー)がファイプロデビュー(隠しレスラー)を遂げた。
ファイヤープロレスリング3 Legend Bout
1992年12月 PCエンジン ヒューマン
登場レスラーは前作より大幅に増加。全28名(+隠し4名)。PCエンジン用のファイプロとして最後の作品。
スーパーファイヤープロレスリング
1991年12月 スーパーファミコン ヒューマン
戦いの場をスーファミに移して登場。スーファミの層を意識してか、レスリング道場モードを搭載。ファイプロの基本的な動きを学ぶことができた。任天堂に言われたのかな(笑い)?
スーパーファイヤープロレスリング2
1992年12月 スーパーファミコン ヒューマン
サブミッションを仕掛けると一瞬にして勝負が決する「クリティカル」が追加された。ロープブレイクや場外でないとそのままギブアップ勝ちできるようになった。
スーパーファイヤープロレスリング3 ファイナルバウト
1993年12月 スーパーファミコン ヒューマン
登場レスラーは前作の25名から56名へと大幅に増えた。個人的には、これくらいの人数で十分。スーパーファミコンシリーズでは初のレスラーエディットモード搭載
スーパーファイヤープロレスリングSPECIAL
1994年12月 スーパーファミコン ヒューマン
前作までのクリティカルサブミッションに加えて、打撃系、スープレックス系、スリーパー系のクリティカルが追加。一撃必殺による緊張感が増した。コーナー技も豊富になり、試合に立体感が生まれた。プロレスラーの生涯を追体験できるチャンピオンロードも画期的だった。
スーパーファイヤープロレスリングX
1995年12月 スーパーファミコン ヒューマン
スーパーファミコン引退作。
ファイヤープロレスリングG
1999年6月 PlayStation ヒューマン
次なるファイプロの戦場は、PlayStation。ファイプロDの魂を継ぐ作品だったというイメージが強い。
ジャイアントグラム〜全日本プロレス2 IN日本武道館〜
1999年6月 ドリームキャスト セガゲームス
日本プロレス界の隆盛、四天王の成長と人気、出るべくして出たプロレスゲーム。試合を実況してくれるのには驚いた。
ジャイアントグラム2000〜全日本プロレス3 栄光の勇者達〜
2000年8月 ドリームキャスト セガゲームス
個人的には当時プロレスゲームの最高峰ともいえた名作。ファイプロとは対極を成すスタイルで、コントローラー操作で相手のバランスを崩して、ロープに振ったり、技をかけたりするゲームだったと記憶しています。選手の画は荒いですが、それを凌駕する魅力がありました。全日本の過去の名勝負を再現するモードもあり、熱中度もたっぷり。予め試合映像で確認して再現することになっていたと記憶しています。隠しレスラーは2、3人いて(おぼろ)、グレート・ムタらしき選手がいました。贅沢をいえばこのシステムで、新日の選手を入れたものが欲しかった。
セガさん、そろそろPlayStation4での販売、いかがでしょう。新日、ノア位で。
ファイヤープロレスリングD
2001年3月 ドリームキャスト ヒューマン
このゲームをやりたくて、ドリームキャスト買いました。当時、セガはハード製造からの脱却を進めていたので、10,000円で買えたのですが、どこでも品薄でやっと手に入れたというのも今ではいい思い出です。ドリキャス最初で最後の本作は、8人タッグが可能となり、金網・爆発デスマッチ、リング下から武器を調達するシステムなどが追加。お腹いっぱいのソフトでした。ある意味、ファイプロの到達点のような気がしました。
キングオブコロシアム 赤/緑ディスク
2002年 赤ディスク発売/2003年 緑ディスク PlayStation2 スパイク
かなり期待して買ってはみたけど、個人的には及第点かな。何だか、もっさりした動きだったような気がします。リアルさを追求した結果だとは思うけど、その分ゲームとしてのスピード感がなくなったのかな。記憶の中のいめーしですが…。ロードも長かった思い、それに赤と緑を共有する手間、入れ替える手間に四苦八苦した気がします。もちろん、良くできたゲームではあると思いますが、個人的には・・・ということで。
ファイナルファイヤープロレスリング~夢の団体運営!~
2002年7月 ゲームボーイアドバンス スパイク
携帯ゲーム機用プロレスソフトとしてはもちろんファイプロシリーズの最高峰。これ一本で永久に遊べるんじゃないかと思いました。選手が多いことはもちろん。圧巻なのは、団体運営システム。例えば、王道、ストロング、格闘技、ルチャなどのスタイルを選んで、所属選手を決定。アメリカンプロレスならパフォーマンスをしたりすると観客の満足度がアップ。一方的に勝っても、満足度は上がりません。フォールし、フォールされの演出を加えることで、満足度が上がり人気団体へと成長していきます。町の体育館からコツコツ実績積んでドームへ。運営していると他団体からの引き抜き、他団体選手の引き抜き、自団体への挑戦者の出現(隠しレスラーも)、移籍希望者が現れます。まだ未経験の方は、ぜひ遊んでほしいソフトです。
ファイヤープロレスリングZ
2003年6月 PlayStation2 スパイク
ファイプロ引退作と名を打って発売された、最後のファイプロ。でも、復活したけど(笑)
ファイプロ・リターンズ
2005年9月 PlayStation2 スパイク
ファイプロZで引退したはずなのに、2年後に引退撤回作したテリーファンクや大仁田のようなソフト(笑)。特に目立った新しいシステムもなく、プロレス熱も冷めていた時期だったから、新しい選手のことがわからないことも後押しして、あまり夢中になれませんでした。もちろん、面白いことは面白いのだけど…。






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